読書

2013年7月19日 (金)

不思議なつながり

先日、小川洋子さんの「ミーナの行進」を読みました。
丁寧に綴られた静謐な文章の中に独特のセンスが光るのはいつものことながら、絵本のような装丁も挿絵もとても素敵な一冊でした。この人の本、やっぱり大好き。

物語の中では2人の少女たちが男子バレーに夢中になり、ミュンヘンオリンピックで日本が優勝する場面も感動的に描かれているのですが、
次に読んだ全く関係のない本にも、ほんの一行ほど男子バレーの優勝のことが出てきて、ほう、と思ったのでした。

本を読んでいると、こういう風に不思議に繋がることが時々あります。
1年ほど前にも、同時に借りた数冊のうち3冊に”シュレディンガーの猫”が出てきました。
そのうち1冊はタイトルからして「シュレディンガーのチョコパフェ」だったので予想がつくというものですが、他2冊はやっぱり何の関係もない、はたまた物理学の本でもない、小説だったというのに。

遡れば、そんな事例は他にも色々。
中学生の時読んだ本に、ドルイド僧が立て続けに出てきたり。その後、神話や民間伝承に夢中になったのは「妖精Who'sWho」という本がきっかけでしたが、いずれにせよケルトですものね。やっぱりどこかでつながっているのかもしれません。

認識したからこそ発見できた、という面もあるのでしょう。
男子バレーの件については、多分、読む順番が逆だったら気付きませんでした。
スポーツにはとことん縁のない人間です。オリンピック競技にバレーってあるんですね…ごめんなさい、そんなレベルです。
スポーツマンの真摯な姿勢にはいつも感銘を受けるし、スポーツを扱った本や映画だってそれなりに楽しむのですが。歴史的名シーンや競技のルールは、その時だけは多少頭に入っても、いつの間にかすとんと抜け落ちています。
でもミュンヘンオリンピックのことは、当面忘れないでしょう。衝撃的な事件とともに。忘れられない。


不思議な結びつきには、大いにときめきます。嬉しいのです。一方で、少し恐ろしくもあります。
自分の意思で選んだつもりでも、選ばされているようで。
本を選ぶ、というただそれだけの行為に真剣になるのは、手に取った本が数日間の私の楽しみを決定づける為、だけではないのかもしれないと、何となく思うことでした。

ちなみに最近、本が潤ってます。
いつも利用している図書館、蔵書がそもそも少ない上にこれまで閉架が多かったのですが、一か月ほど前でしょうか、配置が色々と変わり……一気に開架図書が増えました。
読みたかった本が、好きな作家の本が、魅力的なタイトルの本が、ずらりと並んでいる!!
嬉しさのあまり、一瞬パニックになりました(笑) どれから読んだらいいの…
最近は職場でも私の本好きを知って本を貸して下さる方がいて。なんて嬉しいこと。本の話ができるのも、嬉しいもの。
読んでも読んでも忘れていくけれど、自分の中に確かに残るものはあるのだと思います。人との出会いも本との出会いも、不思議なものです。

2013年4月30日 (火)

クレヨン王国の思い出

福永令三氏が亡くなられたということを、つい先日知りました。昨年のことなのですね。
青い鳥文庫の「クレヨン王国」シリーズ、大好きでした。子供の頃夢中になった本は数あれど、これほど長きにわたって楽しませてくれたシリーズは、他にないと思います。

最初に読んだのは、「いちご村」。小学1年生でした。その頃既に、シリーズの半分ほどが既刊だったでしょうか。本屋へ行くたびにねだって買ってもらって、一通り集めてしまうと今度は新刊を心待ちにするようになり……
児童文学の対象年齢から外れてもなお、読み続けていました。

シリーズ前半は、普通の少年少女がクレヨン王国の中に入り込み、あるいはクレヨン王国の一部に触れ、成長して日常の世界に帰っていく――という一作完結の作品がほとんどですが、
段々、馴染みのキャラクターたちが活躍するクレヨン王国内部の話が中心になっていきました。
シルバー王妃はどんどん王妃らしくなり、カメレオン総理はますます歳を取り、
やがて、アラエッサやストンストンもそれぞれに良き伴侶を見つけ。
不思議の世界にも、確かに時は流れていくのでした。

正直なところ、シリーズ終盤の作品にはかつてほどの魅力を感じません。けれども、どうしようもなく愛おしい。
これはもはや児童文学というより、かつてクレヨン王国に憧れた子供だった、そしてクレヨン王国とともに育った大人のために、作者が心を込めて書いてくださった後日談なのだと思います。

イラストも新たに新装版が出る――という噂を耳にした時は、複雑な思いも抱きました。三木由記子さんの挿絵が大好きでしたから。
とはいえ、このところ本屋の児童書コーナーにクレヨン王国シリーズを見かけることもなくなっていたので、昨今の子どもたちがクレヨン王国を知るきっかけになるなら新装版もいいかもな、などと思いつつ、どんなものだか見てみよう、と恐る恐る本屋を覗いたのが、先日のこと。
新装版の他に懐かしいイラストの「クレヨン王国」が数冊ちゃんと並んでいて、ほっとしたのですが。
何気なく一冊手に取ったら、帯に「追悼」の文字があり、ショックを受けたのでした。

クレヨン王国がどれほど好きだったか、とても言葉にし尽せるものではありませんが、一回くらいファンレターを送ってみれば良かった……などと、今更ながら思いました。
子どもの頃に夢中になった本は、大人になっても心の奥底に残り続けます。素敵な作品と出会えたことに、心から感謝を申し上げたかった。

青い鳥文庫は今では昔と趣を変え、児童書コーナーも様変わりしているように感じましたが、今の子どもたちはどんな本を楽しんでいるのでしょうね。
願わくば、クレヨン王国シリーズが消えることなく、ずっと読み継がれていきますように。

2013年4月13日 (土)

夢の共演?

先日「吹雪の山荘―赤い死の影の下に」という、推理小説を読みました。
北村薫氏の他、数名の名前が並んでいたので、てっきり短編集だと思って借りたのですが。開けてみたら吃驚、リレー小説でした。

推理ものでリレー小説って可能なのだろうか…と疑問を抱きながら読み進めたのですが、そこは流石、と言うべきか。それぞれの個性は活かしつつも、ひとつの小説として違和感がないのでした。
無論、推理小説としては一人の作者がきっちりとプロットを立てて書いたほうが完成度は高いでしょう。矛盾点が全くないとは言えません。が、結論未定のまま順に書き進めてこの収束力は、すごい。

メインは首なしの男性の女装死体。なぜ首がないのか。なぜ女装しているのか。その謎の解釈が次々に提示されるところもまた、面白いのでした。

残念なのは、私自身が北村氏以外の作品をほとんど読んでいなかったこと。
ブッキーが「円紫さんと私」シリーズの「私」であることになかなか気づかなかった時点で私には探偵の素質はなさそうですが(ちゃんと落語好きって紹介されてたのに…)、
ちらっと「覆面作家」関係の話も出たりと、ファンにとっては嬉しい演出もあり。
他の探偵役にも馴染がある方にとっては、まさに夢の共演! だったことでしょう。

大物の共演、というと、少し苦い思い出もあります。

私が推理小説の魅力を知ったきっかけは、他でもないシャーロック・ホームズとの出会いでした。
最初に読んだのは「金縁の鼻眼鏡」と「美しき自転車乗り」。小学5年の時だったでしょうか。
ホームズのキャラクター性と事件解決の手腕にすっかり惚れ、あっという間に60編すべてを一気に読んでしまい、もっと読みたいのにこれしかないのか!と途方に暮れたものでした。犯人が分かっていては、再読の楽しみは半減しますし。
もっとも今では、印象的な作品以外は展開を忘れているので、もう一度楽しめるんですけど(笑)

そして、ホームズに飢えた私の前に現れたのが、「ルパンVSホームズ」でした。
作者がコナン・ドイルでないことに気づきつつも、ホームズシリーズとして読んでしまった私には、これは、ショック以外の何ものでもなく。
こんな…こんなホームズは、ありえない、と強く思ったことを覚えています。ホームズはあくまで紳士なのに!もっと頭脳明晰なのに!、と。
ストーリーは覚えていませんが、一応引き分け、とはいえどちらかと言えばルパンに軍配が上がる結末になっていたかと思います。それもまた、腹立たしいのでした。作者がルブランだから、当然と言えば当然なのですが。
そしてなぜか、やめておけばいいのに他のルパンシリーズもいくつか読み、ホームズが出てくるたびに憤ったのでした。
もちろん、冒険ものとしては結構面白かったからこそ、読んだには相違ないのですが。

後になって、ルパンシリーズに出てくるホームズは原作ではエルロック・ショルメ(?)とかいう似て非なる名前であり(アナグラムか)、シャーロック・ホームズとは異なる人物だと示唆する表現もある、と知りましたが、私が読んだ本では、そのような配慮は感じられず。

両者のファンにとっては、これは夢の共演だったのでしょうか。
それとも、あくまでルパンのファンにとってのみ、楽しい演出だったのでしょうか。
ルブランも、ファンの要望を受けて書いたのかな…。

「吹雪の山荘」においても、有栖川氏が途中で抜けたために有栖川青年は少々気の毒な立場になりましたが(とはいえ見せ場も一応あり、法月氏の心遣いに感服しました…)、
それを除けば、探偵たち全員の持ち味が活かされた、バランスの良い話になっていたと思います。
リレー小説だからこそできたことなのでしょう。

ちなみに、そんなこんなでルパンは好きになれませんが、ルパン三世は好きです。
そういえばルパン三世と名探偵コナンの共演も、ありましたね^^

2013年3月12日 (火)

図書館に通う日々

いつもバックには大抵一冊、本が入っています。時々、二冊。通勤時間などに読む本がなくなると、ちょっと不安になります。

本が手元にあってもぼーっと考え事をすることはあるし、そもそも混雑する通勤電車の中では、本を開くこともままならない状況に陥ることだって多いのですが。

退屈が怖いの……などと申すつもりはなく、ただ、何があっても取り敢えず本を開けばそこに自分の世界が作れる、という、拠り所なのかもしれません。

バックに入れる本は、ほとんど図書館で調達。

経済的な事情よりは、スペースの問題の方が、大きいです。

古本屋に行けば数年前の話題書もお手頃価格で入手できますが、読みたい本を次々に買っていたら、我が家はあっという間に本に埋もれてしまう……!

家のそばに図書館があったら、いいんですけどね。仕事帰りに立ち寄れて、休日もまったり過ごせたら、理想的。

しかし残念ながら今の自宅からは、最寄りの図書館まで徒歩約40分。

たまになら、散歩がてら歩いて行っても良いのでしょうが。本を借りたら、返さねばならぬ。雨にも風にも、雪にも夏の暑さにも負ける気しかしません。。


不動産屋さんにはぜひとも、物件の情報に図書館までの距離を含めて欲しいものです。切実!



仕方がないので、専ら職場のそばの図書館を利用しています。行くのは大抵お昼休み。

なぜだか、日本の古典的名作と外国文学は概ね開架なのに、需要が高そうな日本の現代文学がことごとく閉架になっている不思議な図書館です。

基本的に自動貸出機を利用している私にとって、カウンターで閉架図書の貸出を申し込むのは些か気が重く……まだ、お願いしたことがありません。

昼休み、時間も限られていますし。そもそも蔵書も、決して多くない。


幸い、月に1回ほど入れ替わる特集コーナーがあり、普段閉架になっている本も並ぶので、借りる本の大半はそこから選ぶことになります。

お蔭で、同じ作者の本や同じ傾向の本を立て続けに読むことになるのですが、まあ、こういう本の選び方も、ありでしょう。

何よりお昼休みに気軽に立ち寄れるのは、助かります。

仕事帰りに途中下車して他の図書館に寄ることもありますが(そちらはもっと蔵書が多い)、本好きだって、一刻も早く家でくつろぎたいのです(一旦図書館に入ってしまえば、すんなり帰れるわけもなく……)。

本を何冊も抱えて電車に乗るのも、大変。

その点職場の近くの図書館なら、自分のロッカーに借りた本をごそっと入れておいて、読む本だけ持ち帰ればいいので、便利!


本の確保は、極めて重要な事項。読む端から忘れていくのに、どうしてこうまでして読むのだろうと疑問に思うこともありますが、本を読む日々は身に沁みついていて、そう簡単にやめられるものではありません。


ちなみに職場から図書館までは、横断歩道やエレベーターの待ち時間を含めて約10~15分。

さっと本を返してさっと次を選んでさっと借りれば、お昼をいただく時間くらい、十分にあるんですけどね。

ま、本好きが図書館に足を踏み入れて、すんなり帰れるわけはないのです。

平気。人はパンのみにて生きるにあらず。